小白川至誠堂病院のあゆみ

あ ゆ み

 小白川至誠堂病院は昭和29年11月に至誠堂総合病院院長、参議院議員であった松澤靖介が開設いたしました。小白川地区は、当時は山形市の郊外であり、結核の患者さんが数多く入院する自然あふれる地域でした。

 昭和34年に松澤信五が二代目の理事長、院長に就任すると、東北地方で初めての開心手術(心臓を開いて行う手術)を成功に導き、また同39年には山形県で最初の脳腫瘍手術、同41年にも県で最初の脳動脈瘤クリッピング手術を行うなど、つねに最先端のパイオニア精神に富んだ医療を行ってきました。

 その一方で、松澤信五理事長は「高齢化社会を迎え、病院も病気の治療だけでなく、介護施設など数多くの設備投資を必要とするが、我々の使命は、病院経営を単なる営利企業とせずに、あくまで心と心の信頼関係に基づいた診療体制を築くことである」と生前語っておりました。

 同45年には至誠堂総合病院から分離独立して別法人となり、平成5年には大江正敏を院長に迎え、循環器治療のさらなる充実を図り、同6年には松澤克典が外科医長に就任し、消化器疾患の治療にも専門領域を拡げました。

 同19年に松澤信五理事長が亡くなり、松澤克典が三代目の理事長として、微力ながらも先代の理念に基づいた経営、診療を行っております。とくに痔疾患、乳癌症例については県内有数の手術数を誇り、痔のALTA療法など最先端の痛みの少ない手術を行っています。

 かつては結核の療養地域であった小白川地区も、現在は山形市の中心部です。多くの病院が山形市の周辺部に移転し、御高齢で交通手段を持たない患者さんが通院に苦労されている状況のなか、当院はこれからも市の中心で地域医療を担っていく所存でございます。