自律神経

 人間には自分の意思ではコントロールできない神経があり自律神経と呼ばれ、中枢は脳の視床下部にあります。自律神経は内分泌系と並ぶ体の二大調節機構であり、周囲の状況変化に瞬時に対応して体内環境を維持しています。

 自律神経には交感神経と副交感神経があり、人間の臓器はこの2つの神経系により二重支配を受けています。交感神経は活動時の神経で刺激により瞳孔は開き心拍数、心収縮力は増加、血管は収縮、胃腸の動きは低下、膀胱は弛緩します。逆に副交感神経は休息時の神軽で刺激により瞳孔は縮小、心拍数、心収縮力は低下、血管は弛緩、胃腸の動きは亢進、膀胱は収縮します。すなわち交感神経、副交感神経は互いに拮抗する作用を有しています。

 ゆったり休息できる副交感神経を基本に、急を要する場合のみ交感神経の世界で活動するのが人間の理想と考えられます。しかし現代はストレス社会です。人間はストレスを感じると交感神経を刺激、一過性に体に負担をかけてもストレスから逃れようとします。ストレスからうまく逃れる人は「メンタルが強い」と言われ何事にも落ち込まずに対応できる人です。逆に交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、器質的疾患がないのに不定愁訴が多い人がいわゆる「自律神経失調症」です。

 交感神経活性の亢進は血管収縮、心拍数、心収縮力の増加から「血管抵抗 X心拍出量」で規定される血圧を上昇させます。その為、日中の血圧変動が激しい人は交感神経緊張型高血圧症と定義されています。一方、良質な睡眠は夜間に副交感神経優位が保たれていることが条件です。また目覚め前の時間帯は夜間の副交感神経優位から日中の交感神経優位に切り替わる時間帯です。高血圧症の患者さんで早朝から血圧が急激に上昇する現象はモーニングサージと呼ばれ、心血管イベントの危険因子です。すなわち入眠時、早朝に2つの神経の切り替えがスム-ズにいくことが睡眠、高血圧症等の生活習慣病予防に重要なのです。その為には日中に交感神経を十分活性化すること、すなわち肉体的、精神的にメリハリをつけて活動することが大切です。

 ストレスによる交感神経刺激は白血球分画の顆粒球を増加させます。増加した顆粒球は活性酸素を遊離して組織を傷害、生活習慣病、ガン、老化を促進します。逆に副交感神経刺激は白血球分画のリンパ球を増加させウィルス感染細胞、ガン細胞等を攻撃する細胞性免疫力を高めます。その為、健康寿命の維持には日中でも時に副交感神経を刺激してリラックスすることが必要なのです。

 副交感神経の働きを高めるにはいろいろな方法がありますが、自分に適した方法で刺激することが必要です。簡単な方法は呼吸です。大きく息を吸い、ゆっくり息を吐く腹式呼吸が副交感神経を活性化します。人前で話をする時、緊張のあまり頭が真っ白になることがあります。これは交感神経の過剰刺激により呼吸回数が増加、二次的な脳血流増加から脳の酸素分圧が高まる為と言われています。この場合、大きく深呼吸することが副交感神経を刺激、脳血流低下から酸素分圧を低下させるので有効です。また水を飲むことも効果的です。不整脈発作で上室性頻拍症があります。この頻拍発作では患者さんが水を飲むと改善することがよく見られます。これは水を飲むことが食道下部に分布する副交感神経を刺激するからです。講演会の演者席には必ず水が用意されていますが講演の途中での水分補給と緊張をほぐす意味もあると思います。副交感神経を刺激する他の手段としては「朝に日光を浴びる、散歩する、軽いストレッチ、ヨガ、アロマ、入浴等で体を暖める、適度な睡眠、音楽を聴く、趣味を持つ、ペットを飼う、のんびり生活する、笑い」等があります。特に「笑い」は副交感神経刺激のみならずナチュラルキラー細胞も活性化、細胞性免疫力を高めることが報告されています。

 田舎で第二の人生を過ごしている夫婦を取材したテレビ番組があります。年をとったら交感神経優位の世界を離れ、ゆったりとした副交感神経の世界を基本に生活している夫婦の日常を描いている番組です。これはある程度の高齢者では理想と思います。しかし若い時からあまりにも刺激がないと副交感神経が過剰に働き日常生活自体がストレスになり代謝は抑制され、アレルギー疾患、無気力、うつ状態、自己免疫疾患等を誘発するので注意が必要です。すなわち何事もほどほどが重要なのです。

 心療内科領域での心身の緊張をときほぐしリラックスする方法に自己催眠による自律訓練法があります。1932年、精神科医シュルツがヨガをヒントに提唱、自己催眠により身体の力を抜いてリラックスすることで、自律神経を整え精神の安定をはかる方法です。具体的には静かな部屋で自己暗示をかけ、四肢の重感・温感、心拍数・呼吸がゆっくりとなる等の暗示を体感し心をリラックスさせた後、催眠消去動作を行う手法からなります。自律訓練法をマスターすれば自律神経のバランスが良好になり感情をコントロールできるようになるとされています。しかし自律訓練法は専門医の指導を受けても万人が目標レベルに到達するのは難しいと思います。交感神経過剰刺激によるストレスを解消するには、時に日常生活を忘れて好きな事に没頭することも必要です。