戦前まで「亡国病」として恐れられていた結核は現在もマラリア、HIVとともに世界3大感染症です。平成27年、日本では年間約1万8千人が結核を発症、約2千人が亡くなっています。日本人の結核罹患率は先進諸国の1.5-5倍であり、WHOでは結核中蔓延国とされています。
結核菌はグラム陽性桿菌で酸やアルカリに強く抗酸菌と呼ばれます。感染は排菌者からの空気感染で、経路より肺結核が約90%を占めます。一般的な細菌、例えば肺炎球菌、インフルエンザ桿菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、嫌気性菌等は感染で組織にのみに侵入しますが結核菌は細胞内にも侵入、増殖するので感染・発症の成立には細胞性免疫が重要な役割を果たしています。
結核菌は吸い込んでも通常は上気道の粘膜で排除され、肺内には到達しません。肺内に到達した場合、肺胞マクロファージに貪食されますが結核菌はマクロファージ内でも生存が可能な菌です。そこで結核菌が肺内に到達すると細胞性免疫応答が起こりTh1細胞から産生されるINF-γがマクロファージを活性化、結核菌を排除、感染は成立しません。排除できなかった場合は感染が成立しますが、約90%の頻度で活性化マクロファージが結核菌を胞体内に封じ込め増殖は停止、更に免疫系細胞が胞体を取り囲み結核菌は休眠状態になります。これを潜在性結核感染症(Latent Tuberculosis Infection、LTBI)と呼びます。結核菌の感染が成立後、細胞性免疫応答が悪く菌の増殖が止まらなかった場合、結核を発症します。発症は感染後2年以内が大部分で感染者の6-7%です。潜在性結核感染者もガン、糖尿病、HIV感染、血液透析、ステロイド、免疫抑制剤、加齢等により細胞性免疫が低下すると発症します。
結核の診断は咳、痰、微熱、寝汗、体重減少等の症状が続く場合、結核を疑う事から始まります。検査には胸部X線、採血、検体(通常は喀痰)検査があります。この中で検体検査、特に塗抹標本検査が重要です。塗抹標本で陽性なら抗酸菌である結核菌、非定型抗酸菌のどちらかを排菌していることになり「結核菌排菌患者」の疑いで隔離、医療従事者等の感染予防対策が必要となるからです。両者の鑑別にはPCR法が用いられます。PCR法は結核菌のDNAを増幅して検出する方法で結果も1-3日で判明します。しかし塗抹検査、PCR法のどちらとも死菌でも陽性になることに注意が必要です。生きている結核菌が存在する証拠となり、薬剤感受性も検査できる培養検査は検体を固形培地で培養、1週間毎、8週まで結核菌発育の有無を調べる検査法です。培養検査は検体の菌数が少ないと陰性になること、結果が出るまで時間がかかることが難点でしたが、現在は液体培地を用いることにより2-3週間で結果が判明するようになっています。以上まとめると肺結核を疑った場合、胸部X線、採血、検体検査を行います。胸部X線で陰影があり、塗抹検査陽性でPCR法で結核菌の場合は直ちに指定病院に入院させ3-4剤による薬物療法が必要です。塗抹検査陽性、PCRで非定型抗酸菌の場合は外来治療になります。胸部X線で異常なく塗抹検査弱陽性の場合は塗抹検査再検、PCR検査、胸部CT等の検査を踏まえて総合的に判断します。
結核に感染すると潜在性結核感染者、更には発症して薬物治療で治癒した患者さんでも結核菌の一部はその個体が消失するまで休眠状態で体内に潜伏、細胞性免疫が低下すると発症します。それ為、結核既感染の有無を知る事は公衆衛生学上、重要です。昔はツベルクリン反応(ツ反)が用いられましたが、ツ反は結核感染のみでなく非定型抗酸菌症感染、過去のBCG接種にも反応するので現在は結核菌感染に特異的なQFT(クォンティフェロン)検査、又はT-スポット検査が用いられています。この検査は結核患者発生時の接触者検診に有用です。すなわち結核患者が発生した場合、患者との接触の程度によりハイリスク群を抽出、QFT検査、又はT-スポット検査を施行します。初回検査が陰性で8-12週後の2回目の検査が陽性なら今回、新たに感染が成立したと判断、胸部X線が異常なくても発症予防の為、抗結核剤1剤(イスコチン)を6-9ケ月投与します。初回から陽性の人は潜在性結核感染者の可能性が高く、定期的に胸部X線等で経過観察するのが原則です。
結核予防のワクチンにはBCGワクチンがあります。BCGワクチンは弱毒生ワクチンで接種により細胞内に侵入、細胞内で長期にわたり間欠的に増殖、抗原提示を行いキラーT細胞、マクロファージを活性化、結核菌に対する長期の細胞性免疫増強に有効と考えられてきました。しかしBCGワクチンは乳幼児では結核感染、重症化の予防に効果が認められましたが成人では効果が一定でなく、接種による局所的炎症、発熱等の副反応もある為、従来の3回接種から2005年には生後6ケ月未満、2014年には生後1才未満の1回接種に変更されています。
現代日本は超高齢化時代を迎えており、細胞性免疫力が低下した人が更に増加すると予想されています。日本の潜在性結核感染者は高齢者、特に80才以上に偏っているので今後、このハイリスク群からの発症者が増えると想定されています。私の経験でも栄養状態の悪い一人暮らしの高齢者でかつ検診未受診者に結核発症が多い印象があります。結核発症者の診断が遅れると集団感染、医療関連感染の原因となる可能性が高く、予防対策の接触者検診の作業も膨大になります。日本の高い結核罹患率を減らす為には、国民の一人一人が結核についての正しい知識を持ち、食事、運動、睡眠等に注意して細胞性免疫力を維持、毎年の検診を受けることが重要と思います。