ウィルスに対する免疫防御には局所免疫である粘膜免疫、全身免疫である自然免疫、獲得免疫があります。今回はこの3段階からなる免疫機構とオミクロン株について記載してみます。
粘膜免疫は粘液でウィルス感染を防ぎます。粘液にはリゾチ―ム等のウィルスを溶かす酵素、ウィルスの感染能力を中和するIgA抗体が含まれていますが主体はIgA抗体です。IgA抗体は鼻腔、口腔、上気道、腸管などに多く存在します。COVID-19は飛沫・飛沫核感染ですが感染の多くは粘膜局所で起こります。しかし粘膜免疫の防御作用は弱く毒性の強いCOVID-19には無力です。粘膜感染の予防には3密の回避、マスク着用、手指消毒、手で眼、鼻、口等に触らない、環境消毒、換気などの衛生習慣が重要です。
自然免疫は先天的な全身免疫で主役はマクロファージ、ナチュラルキラー細胞です。ウィルス侵入に対して非特異的に素早く反応しますが防御作用は弱く獲得免疫が作動するまでの繋ぎのような役割を果たしています。しかしウィルス感染やワクチン接種によりマクロファージが活性化、獲得免疫の記憶T細胞、記憶B細胞のような免疫記憶が起こり、同じウィルスが侵入した際、より的確に対応できるようになります。これを訓練免疫と呼びます。欧米に較べ日本でCOVID-19の感染拡大が少ないのは生ワクチンであるBCG接種による訓練免疫の為との考えもあります。COVID-19に暴露してもウィルス量が少なければ自然免疫でウィルスを除去、発症しない場合もあると考えられます。しかし感染力が強い変異株には自然免疫は無力です。なお自然免疫は加齢による機能低下は少ないとされます。
獲得免疫は後天的な全身免疫で感染、ワクチン接種により成立、防御効果は強力です。しかしウィルス侵入に対する反応が遅く、加齢によるT細胞老化により免疫応答は低下します。獲得免疫の中心はT細胞です。ウィルスが侵入するとマクロファージ、樹状細胞が抗原提示、活性化したヘルパーT細胞はB細胞に指令、B細胞は形質細胞に変化、大量の中和抗体を産生、感染細胞拡大を防ぎます(液性免疫)。一方、ヘルパーT細胞はキラーT細胞を活性化、感染した細胞を攻撃、丸ごと破壊します(細胞性免疫)。ウィルスとの戦いが終了すると制御性T細胞が戦いを終了、免疫の暴走を防ぎます。ウィルス感染の履歴は記憶T細胞、記憶B細胞に残り次回、同じウィルスが侵入した場合、獲得免疫はより迅速に対応できるようになります。侵入するウィルス量が多いと獲得免疫は液性免疫、細胞性免疫を駆使して感染拡大を防ぎますが重症化の予防には細胞性免疫がより重要です。高齢者が重症化しやすいのはT細胞の老化から細胞性免疫が低下しているからとされます。ウィルスの毒性が強く防御不可能になった場合、発症しますが重症になると獲得免疫が暴走、L-6などの炎症性サイトカイン産生に歯止めがきかなくなりサイトカインストームから急性呼吸窮迫症候群、多臓器不全を併発します。
2021年11月下旬に南アフリカから全世界に感染拡大したオミクロン株が現在、猛威を奮っています。その感染力はデルタ株の約3倍と報告されています。潜伏期が2-3日と短く発症後の回復も早いのが特徴です。オミクロン株には約50ケ所の変異かあり、S蛋白変異が32ケ所あるとされています。すなわち、従来のmRNAワクチンによる中和抗体が結合できないS蛋白があり、中和抗体と結合しないS蛋白は細胞表面のACE2受容体に結合、細胞内に侵入すると考えられます。現在、mRNAワクチン2回接種後の人がオミクロン株に多数感染しています(ブレイクスルー感染)。液性免疫から考えると2回接種後の時間経過で中和抗体が低下しているか、中和抗体に結合しないS蛋白が多いのが理由として考えられます。対策としては3回目のmRNAワクチン接種(ブースター接種)により中和抗体を増やすのが重要です。特に細胞性免疫が低下している高齢者では必須と思います。一方、mRNAワクチンは記憶T細胞、記憶B細胞を介して細胞性免疫を強化します。COVID-19はRNAを包むウィルス蛋白質からなります。ウィルス蛋白質はS蛋白と異なり変異による変化が小さいとされます。それ故、3回目のmRNAワクチン接種でウィルス蛋白質を標的とする細胞性免疫を強化することは老化T細胞が少ない若年者では重症化予防に有効と考えられます。
オミクロン株は主に上気道で増殖するので感染しやすい反面、重症化・死亡率は低いとされています。重症化・死亡率が低い原因として肺内に侵入しにくいことが報告されています。肺内に侵入しない理由としてオミクロン株自体が肺の細胞内侵入に重要な特殊蛋白分解酵素の作用を阻害する為との報告があります。肺内に侵入しなければ肺炎の併発はなく重症者は減ります。しかし動物実験では暴露量の約1/10が肺内に侵入するとの報告もあります。以上より免疫力の低下した高齢者、基礎疾患を有する人でウィルス暴露量が多い場合、重症化する可能性があります。また感染する株にはデルタ株があるかもしれません。
ウィルスは一般的に変異を繰り返す毎に感染力は上昇、毒性は低下します。新型インフルエンザと考えられているスペイン風邪の場合、第一波では若年者が死亡、第二波では高齢者が死亡、第三波では死亡率は極端に低下しております。オミクロン株は変異株でも変異を繰り返した後期の株です。以上よりオミクロン株は感染力が強く重症化・死亡率は低いのは予想できます。今後、ブースター接種、感染拡大(顕性、不顕性)により集団免疫が確立、オミクロン株、更にはCOVID-19が収束していくことを期待したいところです。事実、最初にオミクロン株感染拡大が起きた南アフリカではワクチン接種率が低いのに約1ケ月で感染は収束に向かっております。しかし次の感染力が強く弱毒性の変異株が出現する可能性もあります。
現在のオミクロン株は以前のデルタ株等とは性質が大きく異なるので行政が社会、経済、医療に対して適切に対応しないと状況はひっ迫すると思います。感染が急拡大している現在、重症化する人の早期診断、早期治療体制の確立も大きな問題です。また個人の感染予防基本対策である3密の回避、マスク、手指消毒は今後も継続する必要があります。
(令和4年1月22日)