交差免疫と訓練免疫

COVID-19の感染拡大が止りません。欧州、特にスペイン、フランス イギリスなどでは新規感染者が大幅に増加、第2波が到来しています。各国とも感染拡大防止策として3蜜の回避、手洗い、マスク着用、ソーシャルディスタンスの維持、夜間外出禁止、移動制限、局所的ロックダウンなどを実施しています。欧州に較べると現在の日本は、ほぼ横ばい状態と思います。しかしCOVID-19は無症候感染者が多いので有効なワクチン、治療法が確立されない限り、第2波、第3波による感染拡大の可能性は高いと考えられます。問題は感染拡大より、感染後の重症化、死亡率の低下です。COVID-19発症後の死亡率は欧米、中南米、インドで高く、日本を含む東南アジアでは低いことが以前より報告されています。その原因として多くの説がありますが免疫学的立場からは交差免疫説、訓練免疫説があります。今回はこの2つの説について記載します。

 

T細胞にはウィルス感染細胞などに攻撃を命令するヘルパーT細胞、攻撃実行部隊であるキラーT細胞などがあることは以前より記載してきました。T細胞はウィルスなど抗原の攻撃により大きく変化する細胞です。すなわちウィルス、ガンなど抗原に攻撃されてない状態ではT細胞は休止期にある未熟細胞でありナイーブT細胞と呼ばれています。しかしウィルス感染などにより攻撃を受けると抗原を取り込んだ樹状細胞によりナイーブT細胞は活性化、増殖を繰り返し、ヘルパーT細胞、キラーT細胞からなる活性化T細胞亜群になりウィルス感染細胞を消滅させます。感染細胞の破壊が終了すると大部分の活性化T細胞亜群は死んでしまいますが、一部がメモリーT細胞となり長い間生き残ります。メモリーT細胞は次回、構造が類似するウィルスに遭遇した場合、ナイーブT細胞に較べ感染に素早く対応します。この細胞は交差反応性メモリーT細胞と呼ばれます。

風邪の原因となるウィルスの10-15%は4種類のコロナウィルスであり、季節性コロナウィルスと呼ばれています。風邪に罹患しても風邪の起因ウィルスは100種類以上あること、IgAを主体とする風邪ウィルス抗体の持続期間が短く獲得免疫反応が起こらないことより風邪は繰り返し罹患します。しかしコロナウィルス群は構造が類似しており、コロナウィルスの仲間を広く認識できる交差反応性メモリーT細胞の存在が提唱されています。すなわち季節性コロナウィルスを認識するメモリーT細胞はCOVID-19にも反応するとの考えです。通常、ウィルスに感染すると初めにIgM抗体、次にIgG抗体が産生されますが、COVID-19感染者の抗体を測定するとIgG抗体とIgM抗体が同時に検出される例が数多く報告されています。これはCOVID-19の感染で反応したT細胞は過去の季節性コロナウィルス感染により産生された交差反応性メモリーT細胞であるとも考えられます。この説によると日本、東南アジアでCOVID-19の死亡率が低いのは、同地域で過去に季節性コロナウィルスの大流行があり、COVID-19を認識する交差反応性メモリーT細胞が産生された為と推定されます。なお獲得免疫である交差免疫を持つ人は無症候感染者になりやすいとの報告があり、COVID-19に無症候感染者が多い理由とも考えられます。

ウィルスなど抗原が侵入すると最初に活躍するのはマクロファージ、樹状細胞、ナチュラルキラー細胞などからなる自然免疫細胞です。自然免疫は原始的な免疫であり、細胞性免疫などの獲得免疫に較べ、持続時間も短いと考えられてきました。しかし自然免疫細胞も感染や生ワクチン接種により活性化、他の病原体に対する防御作用が出現、作用も持続することが明らかになっています。免疫訓練により自然免疫細胞が病原体と的確に戦えるように訓練されることを訓練免疫と呼びます。訓練免疫は自然免疫なので、感染防止でなく感染による重症化の抑制に有効とされています。訓練免疫はウィルス感染、生ワクチンの投与で起こり、インフルエンザワクチンのような不活化ワクチンでは起こりません。BCG接種、特に日本株、ロシア株を接種している国はCOVID-19による死亡率が低いことが報告されています。この理由として生ワクチンであるBCGによる訓練免疫の可能性が推定されています。また小児にCOVID-19の重症感染者が少ないのも小児が生ワクチン接種の機会が多いからとも考えられます。

以上より日本人のCOVID-19による死亡率が低いのは、過去の季節性コロナウィルス流行による交差免疫、さらにはBCGを初めとする各種の生ワクチンの接種による訓練免疫による可能性があると思います。それ故、COVID-19発症後の重症化、死亡率を下げる為には獲得免疫である細胞性免疫を維持する以外、法令で定められた生ワクチン接種を受け、時には季節性コロナウィルスにも感染、交差・訓練免疫力を高めることが重要とも考えられます。ウィルスに対する免疫力を持つ人が増えると免疫保持者がバリアーになり、ウィルス感染拡大が抑制されることを集団免疫と言います。COVID-19感染後のIgG抗体は維持できないことが報告されています。特に無症候感染者では顕著とされています。それ故、COVID-19で集団免疫が成立するとすれば交差免疫、訓練免疫による可能性もあると思います。なお交差免疫、訓練免疫とも老化により活性が低下するので注意が必要です。(令和2年10月22日)