喫煙

 喫煙は高血圧症、糖尿病、脂質異常症と並ぶ生活習慣病の危険因子ですが個人の意志で回避できる点で他の因子とは大きく異なります。世界保健機関(WHO)によると2015年の喫煙関連による全世界の死亡者数は年間約600万人、医療費も含めた世界の経済的損失は年間1兆ドル(約116兆円)とされています。

 タバコの煙には4000種類以上の化学物質が含まれ、そのうち200種類以上が有害作用を有しています。タバコ煙には喫煙者が吸い込む主流煙と、点火した部分から立ち上がる副流煙がありフィルターを通さない副流煙により多くの有害物質が含まれています。受動喫煙が問題になるのは非喫煙者が副流煙を吸うからです。喫煙対策としては2003年の受動喫煙防止に関する健康増進法の制定、2006年の禁煙治療に対する健康保険の適応、2010年のタバコ価格値上げ等があります。しかし日本の喫煙人口は2015年、約2000万人と他の先進国に較べて多く喫煙対策も未だ不十分な状態です。2017年の健康増進改正案では公共施設における屋内全面禁煙等の受動喫煙対策が多く盛り込まれています。

 タバコの煙に含まれる有害物質の代表格はニコチン、一酸化炭素、タールです。ニコチンは吸収されると脳内のアセチルコリン受容体(正確にはニコチン性アセチルコリン受容体)に結合、脳内報酬系を刺激して快感や覚醒作用を生じさせるドーパミンを放出、2次的にドーパミン抑制物質であるセロトニン分泌も増大させます。また末梢血管収縮、血圧上昇、心拍数増加、血小板凝集能亢進、血糖上昇等をもたらします。一酸化炭素は赤血球と結合、酸素を運ぶヘモグロビンの働きを低下させ組織の酸素欠乏を引き起こします。更には悪玉コレステロール増加、善玉コレステロール低下から内皮細胞障害、血管透過性亢進を起こし動脈硬化を進行させます。タールが肺内に入ると免疫細胞は異物と認識して攻撃しますが、その過程で活性酸素が発生します。タバコ自体にも活性酸素のひとつである過酸化水素が含まれているのでタバコを吸うことは活性酸素を吸うことになります。加齢と共に活性酸素を消去する抗酸化系(消去系)は減弱しているので喫煙継続により酸化ストレスは増大、体の酸化(サビ)は進みます。すなわち喫煙により老化は進行、ガンの発生率も増加します。なおタール自体も発ガン作用を有しています。

 タバコが老化、ガン以外に狭心症・心筋梗塞・脳梗塞・閉塞性動脈硬化症等の動脈硬化性疾患、慢性閉塞性肺疾患、肺ガン等を引き起こすことはよく知られた事実です。それでも喫煙者がタバコを止められないのは何故でしょうか?理由はタバコの煙に含まれるニコチンが神経伝達物質であるアセチルコリンと似ていること、ニコチンにより覚醒作用のあるドーパミン、精神安定作用があるセロトニンが分泌されるからです。喫煙により吸収されたニコチンは脳内のアセチルコリン受容体に結合、すぐに分解されるアセチルコリンとは異なり長い時間受容体に結合し受容体を過剰に刺激するので、脳内アセチルコリン受容体の感受性は低下します。この為、喫煙者は外部からニコチンを摂取しないと脳内アセチルコリン受容体を介する神経伝達、ドーパミン分泌が低下している状態になっています。すなわち喫煙者は喫煙1-2時間後にニコチン濃度が低下すると、脳内アセチルコリン受容体を介する神経伝達、ドーパミン分泌の低下からイライラや不安感等の禁断症状を感じます。しかしタバコを吸うと1―2秒でニコチン濃度は上昇、7-8秒で脳内アセチルコリン受容体を介してドーパミンが放出され禁断症状は消失、頭がスッキリするので喫煙を止められないのです。

 喫煙を止められない人を「ニコチン依存症」と呼び、治療が必要な疾患と見做されていますが「習慣性」、「精神的依存性」も指摘されています。当院でも禁煙外来を開設しております。禁煙治療において重要なことは、喫煙者の「喫煙の害についての理解」、「禁煙の動機」そして「禁煙への強い意志と努力」と思います。