フレイル

 日本老年医学会は「加齢により心身の活力が低下、生活機能が障害された状態」をフレイル(Frailty)と呼ぶことを2014年に提唱しました。フレイルを日本語に訳すると「虚弱」となり身体的機能の低下だけを連想しますが精神的、社会的な機能低下も意味する多面的な概念です。類似した概念に2007年、日本整形外科学会が提唱したロコモティブシンドローム(運動器症候群、ロコモ)があります。ロコモは「運動器障害により移動機能の低下を来した状態」であり、原因として変形性関節症等の運動器疾患そのものによる場合と、加齢による運動器機能障害による場合があります。ロコモはフレイルの中で身体機能低下の原因として重要な位置を占めています。

 フレイルの3要素で身体的とは移動能力・筋力・バランス力・持久力の低下、精神的とは気力・認知機能の低下、疲労感、うつ状態、社会的とは社会的孤立を意味します。この3要素は相互に関係しており1つの要素が悪化すると他の要素も悪化します。フレイルになると転倒、日常生活障害、入院のリスクは増大、生命予後は低下します。なお加齢、活動度の低下から慢性的な栄養不足になり全身の筋肉量が低下、身体的機能が低下した状態をサルコペニアと言いフレイルの身体的要素の成因として重要です。

 現在、フレイルの診断に統一基準はありませんが2001年にFriedの提唱した基準が一般的に用いられています。すなわち以下の項目が3つ以上該当する場合はフレイルと診断します。(1)意図しない年単位で生じた体重減少(2)強い疲労感(3)歩行速度の低下(4)握力の低下(5)活動量の減少。該当項目が2つ以下ではフレイルの前段階であるプレフレイル、全くない場合は健常と診断します。しかしこの基準は身体的フレイルが主体であり精神的、社会的フレイルの診断基準は確立されていないのが現状です。当初、フレイルは加齢による全身機能低下が見られる75才以上の病態とされていました。しかしその後の研究で高血圧症、糖尿病、慢性心不全、COPD、心臓病、肝障害等の基礎疾患がある人は50-60歳代でもプレフレイル、フレイルになりやすいことが判明しております。

 フレイルになると活動低下からエネルギー消費量は低下、食欲の低下から慢性的な低栄養になり筋力低下が進行します。これをフレイルサイクルとも言います。このフレイルサイクルを適切な介入により断ち切らないと寝たきりの要介護状態になります。フレイルは健常と要介護の中間に位置する要介護予備軍ですが、適切な介入で改善する可能性があるので早期診断、早期介入が重要になります。

 ではフレイルの進行を防ぐにはどうすればいいのでしょうか?基礎疾患のある方はその治療が必要です。基礎疾患の悪化はフレイルを増悪させ、悪化したフレイルは基礎疾患を増悪させるからです。加齢によるフレイル、特にサルコペニアを合併している場合には栄養療法、運動療法が有効です。栄養療法とはフレイル、特にサルコペニアにおいて筋肉をつける為の良質な蛋白質摂取であり運動療法と一緒に行うことで効果が期待できます。日本人の蛋白質摂取量は70歳以降、急激に低下することが報告されており、加齢によるフレイルの場合は特に重要です。具体的には肉類、魚介類、卵、豆類、乳製品の摂取に注意することです。また加齢により筋肉のみならず骨密度は低下、サルコペニアと併存すると歩行障害等の身体的フレイルが進行するのでカルシウム、ビタミンD摂取も重要です。運動療法とは有酸素運動、筋力トレーニングですが高齢のフレイルの方の運動には細心の注意が必要です。すなわち筋力が低下しているので散歩、速歩等の有酸素運動は転倒、骨折のリスクがあり不可能の場合が多いからです。この為、最初は歩行力、バランス力等を評価しながら負荷の少ないストレッチ、手の運動、上体起こし、スクワット等から始めて筋力をつけることが重要です。少しでも体を動かす習慣を短時間でも継続することが重要になります。理想を言えば60-70歳の健常又はプレフレイルの状態から運動を心掛けた方が良いと思います。社会的に孤立しても食欲、活動力、気力の低下からフレイルになりやすいことが報告されています。その為、高齢者、特に一人暮らしの方は可能な限り外出して老人クラブ、趣味のサークル、ボランティア活動等に意識的に参加、いろいろな人と交流することが重要です。介護保険で要支援の方はデイケアーを週1-2回利用するのも良い方法と思います。なお高齢者のフレイルの方は細胞性免疫力の低下からインフルエンザ、肺炎等になりやすく、感染を繰り返すとフレイルが進行する場合が多いのでインフルエンザや肺炎球菌のワクチン接種も重要です。

 現代日本においては少子・超高齢化が益々進んでおり、国民医療費は連続で過去最高記録を更新しています。中高年者では肥満によるメタボリックシンドローム(メタボ)が高血圧症、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病を引き起こすので、該当者には特定保健指導が施行されています。一方、高齢者ではフレイルの進行が要介護状態を招き健康寿命を阻害、医療費増大の原因になっています。今後、日本人の健康寿命の延伸、医療費増大の抑制の為には中高年のメタボ対策と並行して高齢者のフレイル対策が重要になっています。