キラーT細胞

世界におけるCOVID-19の感染者数は令和2年7月26日現在、1600万人であり死亡者数も64.4万人とされています。感染拡大の経過を見ると密閉、密集、密接の3蜜を避け、手洗い、マスク着用、大声で話さない、感染多発地区に近寄らない、不要な移動を避けることなどが重要です。感染多発地区は症候性・無症候性感染者の飛沫、不十分な手洗いなどによりCOVID-19で環境が汚染、健常者が汚染箇所に触れた手を目、口、鼻につけることにより接触感染が成立します。COVID-19の収束にはワクチン、薬剤による治療法の確立が期待されています。しかしCOVID-19はRNAウィルスであり変異するので収束には時間を要すると考えられます。それまでは感染しないこと、さらには他人に感染させない注意が必要です。現在、感染は若年者から中高年に拡大しています。高齢者、ガン・糖尿病などの基礎疾患がある人が感染すると重篤化します。原因として細胞性免疫の低下が考えられます。重症化を防ぐには細胞性免疫を維持することが重要です。今回は細胞性免疫、特にウィルス感染細胞に対する最強の攻撃部隊であるキラーT細胞を中心に記載します。

 

COVID-19はウィルス表面のS蛋白が人体の細胞表面にあるACE2受容体と結合、細胞内に侵入、隣接細胞に感染拡大していきます。感染拡大を防ぐには感染細胞を早期に破壊する必要があります。感染細胞を破壊する細胞性免疫細胞にはマクロファージ、キラー細胞がありますが破壊力が強いのはキラー細胞です。攻撃性のキラー細胞には常時体内をパトロールしている自然免疫のナチュラルキラー細胞(NK細胞)、ヘルパーT細胞からの指示で感染細胞を破壊する獲得免疫のキラーT細胞があります。NK細胞は指示なしで活動する現場の警察官、キラーT細胞は政府の指示で出動する自衛隊の役割です。

キラーT細胞が属するT細胞にはキラーT細胞以外、ウィルス感染などでキラーT細胞を活性化、さらにはB細胞に抗体産生を指示するヘルパーT細胞、抗体産生終了を指示するサプレッサーT細胞があります。以上のT細胞はウィルス攻撃に対して連携して感染細胞を破壊します。ではT細胞はどのようにして作られるのでしょうか? 骨髄で作られた未熟リンパ幹細胞は胸腺でCD4、CD8の両者を持つT細胞になります。その後、さらに分化、CD4のみ陽性のヘルパーT細胞、CD8のみ陽性のキラーT細胞となります。なおヘルパーT細胞の中でもTh1がIL-2、INF-γなどのサイトカインを分泌してキラーT細胞を活性化、Th2はB細胞に抗体産生を指示、ウィルスの細胞内侵入を防ぎます。

ウィルス攻撃の最強部隊であるキラーT細胞はウィルス感染細胞を完全に破壊します。細胞破壊、すなわち細胞死には2つあります。壊死とアポトーシスです。壊死とは受動的な細胞死であり細胞膜に穴が開たり、血流が遮断されることにより起こります。生活習慣病である心筋梗塞、脳梗塞などは心臓、脳の血流遮断により起こります。アポトーシスとは特定の条件を満たした場合、あらかじめ組み込まれているプログラムによる能動的な細胞死であり細胞内のDNAが断片化、内側から崩壊する細胞死です。

COVID-19などのウィルスから生体が攻撃を受けると自然免疫の樹状細胞、マクロファージが感染細胞を非特異的に貪食、感染細胞表層のウィルス特異抗原を抗原提示します。するとヘルパーT細胞がIL-2、INF-γなどのサイトカインを分泌、キラーT細胞を活性化、キラーT細胞はパーフォリンと呼ばれる物質を放出、感染細胞膜に穴を開けて感染細胞を破壊します(壊死)。さらにキラーT細胞はTNF-βなどの物質を放出、感染細胞にアポトーシスも起こします。すなわちキラーT細胞は感染細胞を外側、内側から完全に破壊するのです。

キラーT細胞は常時パトロールしているNK細胞と異なり通常は不活化状態であり、ウィルス感染などの非常事態にのみ活性化する細胞です。活性化には樹状細胞、マクロファージによる抗原認識、情報伝達が必須です。ではキラーT細胞を中心とする細胞性免疫を維持するにはどうしたらよいのでしょうか? ガン領域においてはガン細胞が細胞性免疫をすり抜けるので、免疫細胞にガン情報を伝える種々の免疫療法が試みられています。しかしウィルス感染領域においてはウィルスの細胞内侵入、増殖を防ぐワクチン、薬剤開発が主体であり、ウィルス抗原提示、感染細胞攻撃を強化する治療法はありません。逆に炎症性サイトカインであるIL-6により免疫細胞が過剰に活性化するとサイトカインストームを誘発、多臓器不全から重篤化します。COVID-19のワクチン、治療法が確立していない現在、感染後の発症、重症化を防ぐには細胞性免疫の経路を通常の状態で維持すること、すなわち食事、有酸素運動、体温、禁煙、睡眠、笑い、腸内環境、過度の交感神経活性亢進の回避などに注意するしかないと思います。(令和2年7月27日)