麻疹

 小児疾患と考えられていた麻疹(はしか)が2007年、首都圏の大学生を中心に流行、休校が相次ぎ社会問題になりました。その後ワクチンの2回接種、全数把握疾患への指定等、麻疹排除への取り組みがなされた結果、2015年に日本はWHOから麻疹の土着株がいないとの「麻疹排除状態」の認定を受けております。しかしその後も海外で感染、国内持ち込みの集団感染例が数多く報告されています。最近では2016年の関西国際空港、2017年の山形県の例があります。山形県の場合、横浜市の男性が2月下旬インドネシアのバリ島に旅行、帰国後、置賜地方の自動車教習所に通うため来県、「発熱、発疹」の症状で3月9日医療機関を受診、麻疹と判明、またたく間に10-40代を中心に感染が拡大、50-60代の人も感染しております。

 私が子供の頃、麻疹はごく当たり前の感染症でした。1970年代後半、私が医師になって急病診療所でアルバイトしていた頃でも麻疹、風疹の子供は受診していました。風邪症状、二相性の発熱、晩期には融合傾向の赤い発疹、口腔粘膜のコプリック斑が麻疹、2-3日間の発疹、耳介後部のリンパ節が腫脹しているのが風疹と診断、念のため隣のベテランの小児科先生に確認をお願いしていました。当時は報告義務もなく、付き添いの人に診断名と対処の仕方を説明するだけでした。私自身は麻疹、風疹の感染歴あり診察時、何の注意もしていませんでした。他の医師、看護師、職員も同様でしたが感染した人は誰もいませんでした。今考えて見れば、自然感染後の免疫にウィルス暴露による免疫増強(ブースター効果)の恩恵を受けていたと思います。

  麻疹はパラミクソウィルス科に属する麻疹ウィルスの感染症です。麻疹ウィルスは感染力が強く、不顕性感染は極めて少ないとされています。麻疹ウィルスに暴露された場合は3日以内の麻疹ワクチンの接種、もしくは6日以内の免疫グロブリンの投与で発症を予防、または症状を軽減できます。しかし麻疹予防の基本は定期のワクチンです。ワクチンは弱毒性生ワクチンである麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)を使用します。2006年4月からは公費の予防接種としてMRワクチンが使用されていますが1回目は1-2才の間、2回目は小学校入学前の1年間に接種します。MRワクチン接種の抗体価陽性率は1回目で95%、2回目で99%とされています。なお風疹の感染歴があっても定期接種でMRワクチンを使用する事に問題はありません。

  任意ワクチンは自然感染歴・ワクチン接種歴がはっきりしない人、麻疹が流行している国に渡航する人、更に医療従事者等にも推奨されています。ワクチン接種歴を確認、必要に応じて抗体価を測定、基準値以下ならMRワクチンを接種します。任意ワクチンで注意すべきは生後6ケ月から1年未満の乳児です。生後6ケ月未満では母体からの十分な移行抗体がありワクチンは不要ですが6ケ月から1年未満で麻疹ウィルスに暴露した場合、抗体が不十分で感染する可能性があり、任意ワクチン接種が推奨されています。しかしこの時期のワクチン接種は残存する移行抗体のため免疫が十分確立されない可能性があり、1-2才の間に定期のMRワクチンを1回目として接種する必要があります。MRワクチンは弱毒生ワクチンですので非特異的防御機構の活性化、中和抗体産生によるウィルスの不活化作用以外、細胞内に侵入して潜伏、時に増殖して抗原提示からキラーT細胞、マクロファージの活性を上昇させ長期に亘り細胞性免疫を維持します。それでもワクチン接種の場合、免疫の有効期間は10-15年とされています。昔は自然界の麻疹ウィルスに暴露される機会があり1回のワクチンで免疫は維持されていましたが、現代は暴露が稀であり2006年6月から定期ワクチンは2回行われています。なお高齢者は感染による自然免疫を大多数が獲得しており感染しにくいと考えられていましたが、山形県の例でも50-60代の2名が感染しており今後の検討が待たれる所です。

  定期ワクチンの問題は接種率がまだ先進国に追い付いていないことです。MRワクチンは弱毒生ワクチンですので稀に副作用がありますが麻疹自体にも肺炎、中耳炎、脳炎等の合併症があります。非常に稀に感染から5-6年後、致命的経過を辿る亜急性硬化性全脳炎を起こす時があります。日本では毎年約50人の子供が麻疹で亡くなっています。弱毒生ワクチンの副作用は一過性であることが多く、自然感染による合併症の方が重篤です。大人になってからの感染は症状が重く周囲の感染リスクを増大させるので、定期ワクチン接種必要性の教育、徹底化は社会全体の集団免疫向上に重要です。

  現代日本ではアレルギー疾患の人が増えています。昔の小中学校には「鼻たれ小僧」が多くいましたが今は皆無で代わりに花粉症、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーの子供が増加の一途です。これは衛生環境が改善して自然感染の機会が極端に減ったこと、1970年代頃から日本人の動物性蛋白質、脂肪の摂取量が多くなり免疫能が高まっていることが原因と考えられています。すなわち感染の機会減少により、本来は反応する必要性のない物質にまで液性免疫が過剰に亢進しているのが現代の日本社会です。液性免疫が亢進すると細胞性免疫が低下することが判明していますが、ウィルス感染防御の主役は細胞性免疫です。今後、高齢者の増加、更にはステロイド、抗ガン剤、免疫抑制剤の投与等で細胞性免疫が低下している人が更に多くなると予想され、社会全体がウィルス感染症に脆弱になって行くと考えられます。しかし現在、インバウンド(海外から来る観光客)の増加、2020年の東京オリンピック開催等、海外からの持ち込みウィルス感染症のリスクは日に日に増大しており、その対策を関係省庁、国民全体で考え講じることが急務と思います。

  なお当院では麻疹、風疹の抗体価測定,ワクチン接種とも施行しております(但し現在、MRワクチンは国内で不足しており、接種できない場合もありますので宜しくお願い致します)。