風邪

 風邪は誰でもかかる感染症です。罹患する回数は乳児に多く、年令が上がるにつれて減少します。年平均2―3回として、一生で約200回風邪にかかる勘定です。風邪の発症から回復までの期間は7-10日ですので本人、周囲の人にとってその時間的・経済的損失は大きなものになります。

 風邪は風邪ウィルスが上気道粘膜に感染することにより起こります。ウィルス感染とはウィルスが細胞内に侵入、増殖することを意味します。ウィルスは細菌とは異なり単独では増殖できないので細胞内に侵入、その増殖機構を借りて自己を複製、増殖します。その為、ウィルスは体内に入ると細胞内に侵入しようとします。しかしウィルスが侵入できるのは細胞表面にウィルスに結合できる蛋白を持つ細胞のみです。空気の通り道である上気道細胞には風邪ウィルスと結合できる表面蛋白が多く分布しており、風邪が上気道感染症の一因となっています。

 風邪ウィルスには約200種類以上ありますがライノウィルス、コロナウィルスが約半数を占めます。ライノウィルスは春秋に多く乳幼児、子供に多く見られます。症状は鼻、上気道の炎症からの鼻風邪が中心です。コロナウィルスは冬に多く小児から高齢者まで幅広く見られ症状は軽いとされています。しかし2003年に中国から集団発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)は新型のコロナウィルスでした。その他の風邪ウィルスにはエンテロウィルス、エコーウィルス、コクサッキーウィルス、アデノウィルス、RSウィルス、パラインフルエンザウィルス等があります。

 風邪は夜に感染することが多いとされます。朝起きると鼻水、喉が痛い、咳が出る等は誰でも経験していると思います。これは夜になると部屋の温度が低下、ウィルスが増殖しやすい環境になること、睡眠中は口呼吸が多くなり口腔粘膜が乾燥、唾液量も減少して上気道粘膜が乾燥、粘膜防御の低下からウィルスが侵入しやすくなることが原因です。ウィルス感染を防御する細胞性免疫細胞を含むリンパ球の数は副交感神経刺激により増加します。自律神経のゆらぎは昼は交感神経、夜は副交感神経優位であり、リンパ球数は夜に高く維持されています。しかしストレスが続いた状態、1日の温度差が大きい状態では自律神経のバランスが崩れリンパ球数は低下、風邪をひきやすくなります。またストレスが続くと抗ストレスホルモンであるコルチゾール分泌量は増加、免疫力は低下します。

 風邪の症状は辛いものですがウィルスが起こしているのではありません。感染したウィルスと免疫細胞が戦っている為、更にはウィルスに感染した事を本人に教える為の防御反応なのです。発熱はウィルス感染で産生されたサイトカインを介した脳の視床下部からの司令で起こり、咽頭痛は免疫細胞がウィルスを攻撃する際、咽頭粘膜を傷害してしまう為に起こり、くしゃみ・鼻水は鼻の粘膜についたウィルスを除去する為に出るのです。下気道まで炎症が及ぶと咳、痰が出ますが、これも下気道のウィルスを除去する為です。風邪の治療に際しては以上を念頭に置く必要があります。

 風邪ウィルスの増殖は低温(15-18℃)、低湿度(40%以下)で活発になります。風邪をひくと発熱するのは低体温でのウィルス増殖を抑える以外、細胞性免疫を高める為です。その意味で風邪をひいた時の体温管理は重要です。細胞性免疫が良く働く体温は37.5℃であり、この前後の体温の場合は保温、水分補給が重要です。安易な解熱剤の使用は逆に回復を遅らせるので微熱の場合、解熱成分を含む総合感冒薬の服用には注意が必要です。体温が38.5℃以上で辛い症状が続く場合は体力が消耗、細胞性免疫も低下するので解熱剤の使用も考慮します。なお自然解熱が見られた場合は免疫細胞によるウィルス退治が終了したことを意味し安静、栄養・水分補給、質の良い睡眠のみで経過観察するのが原則です。

 風邪は予防することが一番です。その為には感染経路を理解することが重要です。感染経路として接触感染、飛沫感染があります。インフルエンザと異なり風邪、特に風邪ウィルスの代表であるライノウィルスでは接触感染が多いとされます。すなわち「感染者のウィルスのついた手、又はくしゃみ、咳による飛沫」で汚染されたドアノブ等の環境表面に触れ、その手で「眼、鼻、口の粘膜を触る」ことが感染原因になります。予防は「手洗い」と手で「眼、鼻、口に触らない」です。

 飛沫感染とは感染者の咳、くしゃみによる飛沫を吸い込むことによる感染です。予防は「風邪が流行している所・人混みに近づかない、うがい・水分補給による粘膜防御、気道粘膜の繊毛運動の維持」です。マスク着用も飛沫感染の予防以外、上気道の加湿、風邪が周囲に拡散するのを防ぐ点で有用です。

 上気道粘膜には局所免疫があります。局所免疫の主役であるIgA抗体はウィルス感染により上気道粘膜で産生されます。IgA抗体はウィルスの感染能力を中和、ウィルスの上気道粘膜からの侵入に対する液性免疫になっています。しかし風邪ウィルスの場合、同じウィルスでも百種類以上の亜型がある場合があり、感染によるIgA抗体産生も弱い場合が多いので風邪は再感染を繰り返します。

 風邪ウィルスの増殖は発症後1-2日がピークで、この時期が感染力も強いとされます。昔から「風邪は人にうつすと治る」と言われてきましたが、うつさなくても2-3日過ぎれば症状は軽減するのです。すなわち風邪予防の基本は可能なら「風邪のひき始めの人に近づかない」「ひき始めの人はマスクをする」ことです。

 風邪ウィルスが上気道粘膜に感染、増殖が始まるとキラーT細胞、活性化マクロファージからなる細胞性免疫の出番です。免疫細胞はウィルス感染細胞を破壊、感染細胞の拡大を防ぎます。それ故、風邪を早く治すには常日頃から「食事、有酸素運動、夜間の保温、質の良い睡眠、疲労・ストレスを溜めない、喫煙、深酒、笑い、腸内環境」注意して細胞性免疫を維持することです。

 入浴は初期の熱の出始めには細胞性免疫力増強、鼻づまりの改善等の効果があります。しかし免疫力の維持には体力の温存が重要で38.5℃以上の高熱時、又は症状が強い場合の入浴(する人はいないとは思いますが)は逆に体力を消耗、免疫力を低下させるので控えるのが賢明です。入浴で注意すべきは「40℃前後の湯に入る事、長湯しないこと、脱衣室の温度に注意して湯冷めしないこと、入浴後の水分補給」です。

 風邪の治療では早期の診断と対処が重要になります。その為には風邪と判断したら保温、うがい、水分補給、栄養、質の良い睡眠に注意することです。高熱、頭痛、鼻水、鼻閉、咽頭痛等の体力を消耗する辛い症状が続く場合は解熱剤、抗ヒスタミン剤、鎮咳剤、去痰剤、漢方等の対症療法が必要となります。風邪の場合、医療機関受診の目安としては高熱、症状が7日以上続く場合、重篤な全身症状がある場合とされていますが年令、基礎疾患の有無によっても異なるので状況に適した対応が必要です。なお風邪にマイコプラズマ、クラミジアの微生物、その他の細菌感染を合併した際には抗生剤による治療が必要になります。食事では初期で食思不振がある場合は無理して食べず体を温める飲み物、ミネラル補給等に努めます。回復期には栄養があり消化が良い食事を摂ることが重要です。