便秘

 排便がなく腹部不快感がある状態を便秘と言います。排便の回数は個人で異なりますが日本内科学会は「便が3日以上出ない、または出ても残便感がある場合」と定義しています。長い時間、便が出ないと便が腸内に停留、悪玉菌は増加します。慢性的な便秘に悩む人は日本では全人口の約14%と推定されており、超高齢化社会で益々増加すると考えられています。

 食べた食物は胃で消化分解され小腸で栄養、水分を吸収されます。搾り取られた食物残渣は水の状態で大腸に流入、水分が吸収され便塊となり蠕動運動で下部へ移動、排出されます。この過程は約半日から2日要するとされますが食事内容、体調、個人により異なります。大腸の蠕動運動が低下すると、停留時間の延長から水分の吸収が進み便は固くなります。

 便秘には大きく大腸の蠕動運動低下による弛緩性便秘と、筋力と排便反射の低下による 直腸性便秘があります。弛緩性便秘は高齢者に多く便が直腸まで行かないので便意は消失します。直腸性便秘は便が直腸まで下がり便意があっても排便がうまく出来ない状態です。直腸性便秘の原因として排便をがまんすることによる排便反射の低下、便停留による過剰な水分吸収、骨盤底筋の緊張、腹筋力の低下があります。弛緩性便秘は高齢者、直腸性便秘は女性に多く見られます。その他、若年者ではストレスで大腸が痙攣して起こる痙攣性便秘もあります。実際は以上のタイプが複合した便秘が多いと考えられます。

 排便は朝の起床時から準備が開始されます。起床後の水分摂取、食事で腸の蠕動は亢進、便は直腸に向けて移動します。便の移動により直腸壁が伸展されると神経刺激が大脳に伝わり排便反射を誘発、大腸の大蠕動が起こり便は更に下へ移動します。トイレに行き排便の準備が整うと大脳の排便抑制指令が解除され、「いきみ」による腹腔内圧の増加、内肛門括約筋、外肛門括約筋の弛緩から排便が起こります。肛門の上には便の内容を鑑別する感覚受容体があり、直腸に貯留している内容物が便かガスかの識別をしています。加齢でこの識別能は低下、便失禁の原因となります。

 排便はロダンの「考える人」の姿勢で「いきむ」と容易になるとされています。直腸と肛門の間には「肛門直腸角」があり、通常は鋭角で便が溜まっても漏れないようになっています。しかし「考える人」の姿勢で便器に座ると「肛門直腸角」は開大、恥骨筋も伸展、便が出やすくなります。ちなみに「考える人」のポーズとは前傾姿勢で踵を上げて座った姿勢であり、和式トイレでしゃがんだ姿勢とほぼ同じです。

 大腸の蠕動運動は副交感神経支配であり、大腸の蠕動を亢進させるには腹部のマッサージ以外、「副交感神経活性を上げる」「交感神経活性を下げる」ことが重要です。旅行で環境が変わる、ストレスを感じる、仕事に集中する等で便が出にくいのはすべて交感神経緊張によるものです。以外と知られてないのは空腹が交感神経活性を上げることです。不規則な食事、過度のダイエットは交感神経活性を上げ便秘を誘発します。副交感神経活性を上げるに睡眠、有酸素運動、入浴、腹式呼吸、音楽、アロマ等が有効です。特に質の良い睡眠は副交感神経の活性を高め大腸の蠕動運動を亢進させます。

 便秘が続くと腸内細菌が作る物質を材料とする脳内セロトニンが減少、セロトニンから産生される睡眠ホルモンの脳内メラトニンも減少、睡眠は障害され交感神経が活性化、便秘が増悪する可能性があります。便通がないと寝つきが悪く、寝つきが悪いと便秘するのは経験している人が多いと思います。

 便秘の治療は食事、運動、睡眠、腸内環境の維持が基本です。食事では朝食を抜かない規則正しい食事、食物繊維・水分を十分摂ることです。食物繊維では水溶性・非水溶性の食物繊維を摂ることが重要です。キャベツ、ニンジン、海藻、果物、きのこ等の水溶性食物繊維は善玉菌を増やし、便も柔らかくし直腸性便秘、痙攣性便秘に有効です。一方、非水溶性食物繊維は水に溶けず、水分を吸収して膨張、便量を増やし蠕動運動を亢進させるので弛緩性便秘に有効です。大豆、おから、たけのこ、きくらげ、干しシイタケ、えのき、エリンギ、切り干し大根等に含まれています。少量の油、香辛料も腸の蠕動に良い影響を与えます。散歩等の有酸素運動は大腸の蠕動運動を改善、外肛門括約筋も鍛え排便に良い影響を与えます。排便は腹圧増加による「いきみ」で終了するので腹筋を鍛えることも重要です。

 生活習慣を改善しても治らない便秘には種々の排便促進手段が必要になります。その代表が下剤です。就寝前に服用するのが原則です。しかし常時服用すると習慣性となり大腸の蠕動運動は低下、服用量が増え難治性便秘になる場合があり注意が必要です。下剤は大きく2種類に分けられます。腸内の水分吸収を阻害、腸に水分を集めることで便を柔らかくし便量増加から排便反射を促進する機械性下剤と、腸を刺激して大腸の蠕動運動を亢進させる刺激性下剤です。機械性下剤の方が習慣性、腹痛等の副作用も少ないのでよく使われますが重度の弛緩性便秘の場合、膨張した便が溜まり便秘が増悪する場合があります。酸化マグネシウム製剤がこれに該当します。一方、高齢者の便秘は蠕動運動低下、便意の消失が多いので蠕動を亢進させる刺激性下剤の方が有効とされます。センナ、センノシド、ダイオウ等があります。その他、臨床の現場で使用される薬剤に液状のピコスルファートナトリウムがあります。大腸粘膜刺激、水分吸収阻害の両者により排便を促進します。最近では小腸上皮での水分分泌を促進する薬剤、更には回腸末端部の胆汁酸トランスポーターを阻害、胆汁酸再吸収の抑制から大腸の胆汁酸を増加させ腸内の水分を増加、蠕動を亢進させる薬剤も発売されています。それでも排便がない場合は座薬、浣腸、摘便があります。座薬は炭酸ガスを固形化したものがよく使われています。座薬を肛門から入れると気化して炭酸ガスが発生、直腸粘膜を刺激、直腸の拡張、蠕動亢進から排便反射を促します。浣腸はグリセリン浣腸が多く用いられています。浣腸は腸壁を滑りやすくし蠕動を促進、排便を促します。便が直腸で長時間停留すると過剰の水分吸収から便が糞塊となり自然排便が不可能となります。高齢の女性、脊髄損傷患者さん等の直腸性便秘の方に見られます。この場合、肛門から指で便を摘出する摘便が有効です。摘便後、糞塊上部の停留便が出るのが通常です。なお排便時に使用する洋式トイレのウォシュレットも肛門を刺激、肛門括約筋を弛緩させ、洗浄水が直腸内に入ることにより排便を促しますが下剤と同じで習慣性があり、常用しないことが重要です。