ウィルス感染とCOVID-19

 ウィルスはDNA(またはRNA)が1,2本入った蛋白質の殻であり細胞外では増殖できません。ウィルスは宿主の細胞内に侵入、その複製機構を利用して自分のDNA(またはRNA)を複製、増殖します。抗ウィルス薬は細胞内に侵入したウィルスの増殖を抑制しますが死滅させません。ここが細菌の発育を阻止または死滅させる抗菌薬と異なるところです。抗ウィルス薬の代表である抗インフルエンザ薬もインフルエンザの細胞内増殖を抑制するのみです。発症から治癒するにはインフルエンザ感染細胞を丸ごと破壊する細胞性免疫のキラーT細胞が維持されていることが条件です。世界中で猛威を奮っている新型コロナウィルス(以下COVID-19)はインフルエンザと同じRNAウィルスですが、従来のウィルスとは異なる臨床像、経過を呈しています。今回はウィルス感染とCOVID-19について再度考えてみたいと思います。

 

スウェーデンの集団免疫政策が報道されています。通常の社会生活を維持しながら感染により社会全体がCOVID-19に対する抗体を獲得、感染の収束を期待する日本、欧米とは真逆の対策です。現在、スウェーデンのCOVID-19の感染者数は増え続けており、死亡率も約12%と米国の2倍以上と報告されています。感染者数、死亡率の両者とも高いので同国内には政策の見直しを求める声もあるようです。それではウィルス感染における抗体の役割とは何でしょうか?細菌の場合、抗体は細菌の表面抗原に結合、好中球は抗体の結合した細菌を特異的に貪食、感染を防ぎます。抗体のオプソニン効果です。ウィルスも体内に侵入すると抗体が産生されますが作用機序は異なります。

液性免疫の主役である抗体は細胞内に侵入したウィルスには無効です。しかし侵入前のウィルス、または細胞内で増殖後、感染拡大の為に感染細胞を破壊して細胞外に出たウィルスには有効です。すなわち抗体は細胞外のウィルスに結合、ウィルスの次なる標的細胞への吸着を阻止することにより細胞内侵入を防ぎ、感染拡大を阻止します。これを中和抗体と言います。感染後、十分な中和抗体ができるまでの期間は約3週間とされています。中和抗体は細胞内に侵入するウィルスを減らすことによりキラーT細胞を中心とする自前のウィルス攻撃部隊(細胞性免疫)を手助けしている訳です。

COVID-19ではPCRで陰性化した後、2-4週間後に再陽性になる例、更には発症する例も報告されています。これがPCR感度の問題か、変異したウィルスの再感染なのか、水痘のような潜伏感染なのか、感染後の抗体産生が不十分なのかは不明です。

しかしCOVID-19の重症患者ではリンパ球が著明に減少することが報告されています。従来のコロナウィルスを始めとする風邪ウィルスは、結合できる表面蛋白が多く分布している上気道細胞に感染します。コロナウィルスの特徴としてウィルス突起を形成しているスパイク蛋白質があります。スパイク蛋白質は感染先の細胞表面にある受容体と結合、ウィルス外膜と細胞膜の融合を媒介する役割を果たしています。COVID-19はスパイク蛋白質の構造変化により気道上皮細胞以外、鼻腔粘膜、腸管、腎臓、血管内皮細胞などにも感染、臭覚・味覚障害、下痢・嘔吐、腎障害、血管炎、血栓症などの臓器症状を呈するとされています。最近、重症例ではリンパ球にも感染する可能性が報告されています。COVID-19がリンパ球に感染、T細胞が攻撃されると免疫系は司令官不在の状態になります。

すなわちウィルスが細胞内に侵入するとマクロファージ、樹状細胞が情報を収集、ヘルパーT細胞に情報を伝達、ヘルパーT細胞はサイトカインを分泌してキラーT細胞を活性化、キラーT細胞はウィルスに感染した細胞を破壊します。更にヘルパーT細胞はB細胞に抗体作成を指示、B細胞は抗体を作成することによりウィルスの細胞内進入を防ぎます。COVID-19がリンパ球に侵入、T細胞が感染する可能性があることは細胞性免疫、液性免疫の両者とも攻撃されることを意味します。約100年前に流行したスペイン風邪は終息まで2年を要しましたが終息には集団免疫も関与したと考えられています。しかしCOVID-19の場合、以上の理由により感染による抗体産生が不十分の感染者が存在する可能性もあると考えられます。スウェーデンにおける集団免疫政策、国内におけるPCR陰性化後の再陽性率の動向が注目されます。

COVID-19の治療にはワクチン開発、更にはウィルスの細胞内増殖を防ぐ抗インフルエンザ薬のアビガン、エボラ出血熱治療薬として開発されたレムデシビルなどが期待されています。事実、有効例も数多く報告されています。現時点では発症早期はアビガン、中期以降はレムデシビル投与が有効のようです。また免疫系の過剰反応(サイトカインストーム)から多臓器不全になった場合は炎症性サイトカインであるIL-6の阻害薬も考慮されています。いずれにせよ早期診断、発症後の早期治療体制の確立が重要と思います。

緊急事態宣言が延長された現在、我々がなすべきことは3蜜を避け、外出後の手洗い、マスク着用、不要な外出・会合などを控え感染拡大の予防に努め、治療法、ワクチンの開発を待つことです。前述のようにウィルスは単独では増殖出来ないのでCOVID-19の新規感染を抑制すればウィルスは行き場を失い、ワクチンを始めとする新たな治療法の確立と相俟ってパンデミックは終息すると考えられます。現在の状況が長期間続けば社会は崩壊します。新規感染者数、医療情勢、経済の動向などを考慮しながら緊急事態からの早期離脱も必要と考えます。(令和2年5月8日)