インフルエンザ

 子供の頃、風邪と思っていたら父から流感(流行性感冒=インフルエンザ)と言われたのを覚えています。当時は診断キットもなく医師は症状、周囲の状況で診断していたので、私は風邪と流感の違いがわかりませんでした。また流感が蔓延しても現在ほど大々的には報道されなかったと記憶しています。今回はインフルエンザの予防、治療で注意すべき点をまとめてみました。

 インフルエンザウィルスにはA、B、C型があります。A型は人獣共通感染症で変異が多く新型インフルエンザはA型のみです。B型は人のみの感染症、C型はウィルス変異が殆どなく1回の感染で終生免疫が得られます。A型の遺伝子が不連続に大変異した新型インフルエンザは毒性が強くパンデミック(世界的流行)を引き起こします。しかし人が次第に免疫を獲得するので、1-2年後には通常の季節性インフルエンザに移行します。例としては季節性インフルエンザであるA香港型(H3N2)は1968年に流行した新型インフルエンザが定着したものです。

 インフルエンザ予防の第一はウィルスに感染しないことです。季節性インフルエンザは鼻腔・咽頭(=上気道)粘膜を介して感染、経路には接触、飛沫、飛沫核による感染があります。接触感染予防には「人混みに行かない、人混みでマスクを着用する、外出後に手洗いをする、ドアノブ等をアルコール消毒する」、飛沫感染予防には「マスクを着用する、咳エチケットを励行する、口呼吸しない、外出後にうがいをする」、飛沫核感染予防には「室内換気する、50-60%の湿度で飛沫核を落下させる」等の注意が必要です。またウィルスは低湿度、低温で増殖するので湿度以外、室内温度を20℃以上に保つことも重要です。なお人の鼻汁・唾液にはリゾチームというウィルスを溶かす酵素が含まれており、感染防御の役割を果たしています。その為、「水分摂取する、マスクをする、加湿する、のど飴をなめる」は鼻腔・口腔内分泌物を増加させるので感染予防に有効です。

 予防の第二はワクチンです。ウィルス感染防御の主役は細胞性免疫ですが、液性免疫の抗体も関与しています。インフルエンザに感染した場合、ウィルスが上気道の粘膜から侵入すると粘膜の局所免疫である分泌型IgA抗体が産生され、その後IgG抗体が産生されます。この自然免疫では次回、同じウィルスが侵入した場合、IgA抗体が上気道感染を予防、IgG抗体は下気道で重症化を防ぎます。すなわちIgA抗体は上気道の粘膜、IgG抗体は下気道で同じウィルスが侵入した場合、ウィルスに結合、細胞内侵入を防ぎます。しかしインフルエンザウィルスは毎年少しずつ変異、IgA抗体産生も弱いので自然感染によるIgA抗体に予防効果は期待できません。ワクチンによる抗体はIgG抗体なので最初の上気道感染を予防できませんが下気道に作用、ウィルスの細胞内侵入を部分的にせよ抑制、重症化を防ぐ効果があります。またワクチンはその年に流行すると予想されるインフルエンザ株を用いて作成されていることより小児、高齢者、ハイリスク患者、更には新型インフルエンザ流行時には有効な手段と考えられています。

 以上のバリアーが突破されウィルスが細胞内へ侵入したら細胞性免疫の出番です。細胞性免疫の主役はキラーT細胞ですが、感染から活動するまで数日間要します。その為、感染初期の非特異的防御機構が必要です。これがマクロファージ、ナチュラルキラー細胞です。マクロファージはウィルス感染細胞を非特異的に貪食、ナチュラルキラー細胞は感染細胞を選択的に破壊します。しかし両者による防御には限界があり、最終的にはキラーT細胞を中心とする細胞性免疫が必要になります。すなわちインフルエンザウィルスに感染すると感染細胞は「私は感染しました。破壊して下さい」とナイーブTh細胞に抗原提示を行います。提示を受けたナイーブTh細胞はTh1細胞に増殖、分化、Th1細胞はサイトカインであるIL-2、INF-γを放出します(なお一部はTh2細胞に分化、IL-4等のサイトカインを放出、抗体産生を促がします)。IL-2により増殖、活性化したキラーT細胞はインフルエンザ感染細胞を丸ごと破壊します。しかしキラーT細胞は感染細胞のみを攻撃、ウィルス自体は攻撃しないのでウィルス除去は不完全です。非特異的貪食機能を持つマクロファージはTh1細胞から産生されるINF-γを浴びると活性化マクロファージになり、キラーT細胞と共に細胞性免疫の主役となります。すなわち活性化マクロファージはウィルス貪食のみでなく貪食したウィルスを不活性化、更にはIL-2等のサイトカインも放出してキラーT細胞を増殖、活性化させます。以上の機序より感染細胞が死滅するとサプレッサーT細胞が一連の免疫反応を終了させます。

 ではウィルス防御の中心的役割を果たす細胞性免疫を活性化するにはどうすれば良いのでしょうか?それには有酸素運動、入浴等で体温を維持すること、ストレスをためないこと、笑いのある生活を送ること、適度な睡眠、食事に注意することです。マクロファージを活性化するビタミンDの摂取も重要です。免疫機構が強ければウィルスが体内に取り込まれても液性免疫(抗体)で細胞内侵入を防ぎ、細胞性免疫(キラーT細胞、活性化マクロファージ)で細胞内増殖を抑制、ウィルス量をあるレベル以下に抑え、感染しても発症しないで済むと言う訳です。これを不顕性感染と言います。ワクチンを受けなくても流行時、インフルエンザを発症しない人がいますが感染予防に注意して細胞性免疫を維持、感染しても発症しない人なのかも知れません。なお麻疹、おたふくかぜ、風疹、BCG、水痘等の生ワクチンは細胞内増殖能力のある病原微生物なので抗原提示により液性免疫、細胞性免疫の両者とも増強しますが、インフルエンザワクチンは不活化ワクチンなので細胞性免疫の増強はありません。

 インフルエンザの細胞内感染が拡大、体内ウィルス量が増加し発症した場合、治療の基本は隔離、安静、水分補給、対症療法です。しかし現在、日本では抗インフルエンザ薬による治療が一般的です。抗インフルエンザ薬、特に2001年に発売されたタミフルは日本の消費量が世界の70-75%と圧倒的に多いのが現状です。その理由として「日本人の多くは抗インフルエンザ薬を服用すると治りが早いと既に実感していること(統計上は0.7-1日)、医療保険制度が充実していること、マスコミ等の影響により新型インフルエンザに敏感になっていること、あるいは単に薬が好きなこと」が考えられると思います。抗インフルエンザ薬は副作用、ウィルス耐性化の問題もあり本来はワクチンと同様、小児、高齢者、ハイリスク患者、新型インフルエンザ流行時に使用すべきなのです。

 抗インフルエンザ薬の主流はノイラミニダーゼ阻害剤でした。ノイラミニダーゼ阻害剤は感染細胞内のウィルスが増殖、遊離して他の細胞に感染拡大する際に必要なノイラミニダーゼを阻害、感染細胞の拡大を抑制します。しかし2018年より細胞内のキャップ依存性エンドヌクレアーゼ活性を阻害、mRNA複製段階でウィルス増殖を阻害するバロキサビル  マルボキシル(ゾフルーザ)が使用可能になりました。1回の服用で済み、感染力を持つウィルス量の減少が速いので感染拡大防止にも期待されております。インフルエンザウィルスは感染後24時間で症状発現量に達すること、増殖の速さは感染後72時間でピークに達することより抗インフルエンザ薬は発症後48時間以内に使用すると罹病期間を短縮します。処方例を記載します。

タミフル:朝、夕 1錠 計2錠/日 5日間(タミフルは異常行動との関連から10才代には使用制限されていましたが2018年8月から制限が解除されています)。 

リレンザ:朝、夕 1吸入 計2吸入/日 5日間。

イナビル:10才以上は2容器を1日1回吸入、10才以下は1容器を1日1回吸入/日

(リレンザ、イナビルとも作用機序はタミフルと同じですが気道吸入でありインフルエンザウィルスは気道で増殖するため、適切に吸入すれば効果は強いとされています)。

ラピアクタ:点滴静注液バッグ300mgを15分以上かけて点滴静注。

ゾフルーザ:20mg錠 2錠 単回

 保険適応はありませんがタミフル等のノイラミニダーゼ阻害剤は発症予防にも使用されています。インフルエンザを発症した人と一諸に生活しているハイリスクな人、病院・施設内にインフルエンザ感染者が発生した場合の濃厚暴露者、新型インフルエンザウィルスの暴露を受けた人等に考慮されます。用量は治療量の半量、投与期間は長めに設定されていますが私の経験では暴露後早期に常用量を短期間投与した方が効果的な印象です。しかしノイラミニダーゼ阻害剤は感染細胞が別の細胞に拡大するのを抑制するだけなので予防投与を受けても通常の感染対策は重要です。

  なお当院ではワクチン注射、抗インフルエンザ薬投与とも施行しております。