RSウィルス

呼吸器ウィルス感染症の代表は新型コロナ、インフルエンザです。感冒症状を呈するウィルスにRSウィルス(respiratory syncytial virus、以下RSV)があります。RSV感染症は乳幼児では頻度が高く、重篤化する可能性もあり小児科領域では注意すべき感染症です。健康な成人もRSVに感染しますが通常、症状発現後、数日で軽快します。しかし高齢者、基礎疾患のある人ではRSV感染から肺炎を併発、重篤化、死亡する場合があります。現在、日本は超高齢者社会を迎えています。それ故、今後、RSV感染症が成人でも注目すべき疾患になる可能性があると思います。今回はRSV感染症について記載します。

 

RSVはパラミクソウィルス科に属するRNAウィルスで世界中に広く分布しています。RSVは1才では50%以上、2才までには100%が感染するとされています。すなわち乳幼児の大部分は2才までに初感染しています。

一方、日本国内の60才以上の成人では年間約70万人がRSVに感染、そのうち約6万3千人が入院、約4千5百人が死亡しています。この数値は今後、高齢化の進行で益々増加していくと考えられます。RSVは感染症法では新型コロナ、インフルエンザと同じ5類感染症です。診断が確定した場合、保健所に届け出が必要です。

RSV感染の潜伏期は2-8日(多くは4-6日間)です。症状は鼻汁、鼻づまり、咽頭痛、発熱などの上気道症状です。成人では上気道の免疫力が強いので通常、感染は上気道に限局、数日で軽快します。しかし感染が下気道に拡大すると気管支炎、肺炎を併発します。高齢者の市中肺炎の約10%がRSV感染によるとの報告もあります

RSVの感染様式は飛沫・接触感染です。予防は新型コロナ、インフルエンザと同じく手洗い、手指消毒、咳エチケット、マスクの着用、生活環境の消毒、換気、人混みを避けるなどです。施設、病棟で集団発生が疑われた場合は感染者の早期隔離が重要です。

RSV感染が上気道から下気道に拡大するとRSVは気管上皮細胞内で増殖、多核巨細胞である合胞体(syncytium)を形成、更には気道粘液の分泌亢進、好中球を中心とした炎症性細胞浸潤などにより下気道の閉塞症状を起こし喘鳴、無呼吸、呼吸困難などの症状が出現します。特に6ケ月未満の乳幼児が初感染、感染が下気道に拡大すると細気管支炎、肺炎を併発、重篤化します。

診断は乳幼児の場合、鼻咽頭拭い液を用いたRSV抗原検出による迅速診断キットが有用です。その感度、特異度は70-90%とされます。しかし高齢者の場合は乳幼児と異なり上気道からのRSV排出量が少ないので鼻咽頭採取の検体では診断が難しいとされます。RT-PCR検査も検体採取が同じ鼻咽頭なのでは陽性率が低いとされます。また下気道から特殊な方法で検体を採取した場合、RT-PCRが陽性と判明しても結核菌等と同様、RSVの死骸を見ている可能性も否定できません。すなわち成人、高齢者ではRSV感染の急性期診断は現在のところ不可能なのです。それ故、施設、病棟などで呼吸器症状がある感染者が集団発生、新型コロナ、インフルエンザが否定された場合はRSV感染症を考慮することが重要です。

RSVにおいては感染による抗体の長期間維持ができず、十分な免疫記憶ができないので感染による終生免疫は獲得されずRSVは再感染を繰り返します。特に乳幼児、高齢者では再感染の頻度が高いとされます。乳児の場合、初感染時に重症になりやすく、再感染を繰り返す毎に症状が軽くなるとされます。これは成人、高齢者の場合も当てはまります。

RSV感染の疫学的状況判断に抗体検査があります。RSV感染の抗体検査は急性期と回復期のペアー血清で抗体価の4倍以上の上昇で診断します。単回検査のみの抗体価上昇では最近の感染とは診断できないのです。なお乳幼児では感染による有意な抗体上昇が見られない場合もあるので留意が必要です。

RSV感染の治療は対症療法です。感染が下気道に拡大、肺炎を併発したなら肺炎の治療しかありません。最近では高齢者施設におけるRSVの集団感染が報告されています。高齢者のRSVによる肺炎はインフルエンザによる場合に較べ治療期間が長くなるので回復後、ADLが低下、フレイルになりやすいとされています。それ故、施設などで感染が拡大した場合、隔離を含めた早期の感染予防対策が重要となります。

令和6年より60才以上を対象にRSVに対する不活化ワクチン接種が認可されています。接種により発症率、重症化、入院のリスクを1/5-1/4に減らすとされています。ワクチンは特に重症化リスクの高い高齢者、基礎疾患のある人に勧められています。しかし接種後の長期、かつ大規模な臨床データがないので今後の検討が待たれます。 

(令和6年5月29日)