臨床の現場にいると記憶に残る患者さんがいます。食事に関しては次の二人の患者さんです。一人目は私が当院に勤務した頃、前主治医から引き継いだ超高齢の脳梗塞後遺症の方です。点滴500ml(100カロリー)のみで長く安定していましたが当時の私は、幾らなんでも少なすぎると考え点滴を1000ml(200カロリー)に変更しました。しかし間もなく患者さんは肺炎を併発、亡くなりました。カロリーと水分量を少し増やしただけで何故状態が不安定になったのか?この出来事は私の脳裏に焼き付けられた謎でした。二人目は最後まで認知症もなく過ごされていた107才の方です。小柄、小食でご家族に囲まれて幸せに過ごされていました。どうしたら最後までボケないで過ごせるのだろうと考え薬をチェックしたところ、服用薬は降圧剤のCa拮抗剤と骨粗鬆症予防のビタミンD3のみでした。
昔から腹七分目と言われています。満腹まで食べると胃腸、肝臓、膵臓等の消化器系に負担となり、カロリー消費が不足すると肥満から生活習慣病になることは誰でも理解できます。しかしその言葉にはもう少し深い意味があるようです。
霊長類のアカゲザルを30%カロリー制限群と非制限群に分け20年間観察した報告があります。20年後の生存率はカロリー制限群で80%、非制限群で50%であり制限群で明らかな寿命の延長が見られました。またカロリーを制限したサルでは心血管系、糖尿病、ガン等の発症は有意に低下していました。
飢餓状態、又は25%以上のカロリー制限でサーチュイン遺伝子(長寿遺伝子)が活性化することが報告されています。この遺伝子は好気性代謝の工場であるミトコンドリアを増やすだけでなく体内の遺伝子も監視、傷害された遺伝子を修復して老化を抑制しています。しかし腹七分目が体に良い理由にはサーチュイン遺伝子のみでなくマクロファージも関与していると考えられています。今回はマクロファージの観点から腹七分目を考えて見たいと思います。
生命の起源はマクロファージです。単細胞から多細胞生物に進化した段階で原始マクロファージが発生したと考えられています。原始マクロファージはその後、各臓器を構成する細胞、免疫細胞である顆粒球、リンパ球等に進化して行きました。マクロファージが貪食機能を上げ細菌や死んだ細胞等、サイズの大きい異物を処理するのが顆粒球、ウィルスやガン等の微少な異物処理能力を高めたのがリンパ球です。人にもマクロファージは存在、白血球の5%を占める単球から分化します。すなわち造血幹細胞から分化した単球は骨髄で成熟、血流に入り数日後には血管壁を通り抜けて組織内に侵入、マクロファージとなり貪食能を持つようになります。マクロファージの中には組織に移動して定着しているものがあり組織マクロファージと呼ばれています。肺の肺胞マクロファージ、肝臓のクッパー細胞、脳のグリア細胞、骨の破骨細胞等があります。
マクロファージの役割とはなんでしょうか?マクロファージの活性が高いと異物侵入時、顆粒球、リンパ球が処理する前に、マクロファージ自身が無差別に異物を貪食、処理してしまいます。しかし通常、マクロファージは異物侵入時、貪食した異物の断片を細胞表面に提示、ヘルパーT細胞を介して司令塔の役割を果たします。すなわち粒子が大きいと顆粒球、小さいとリンパ球を誘導し自らも残骸を貪食、体内に侵入した異物を除去します。マクロファージが貪食する対象としては寿命の終えた赤血球・白血球・血小板、細菌、ウィルス、死んだ細胞、ガン細胞、酸化LDL-コレステロール、アミロイドβ蛋白、AGEs等、多種多様です。しかしマクロファージにはもう一つ重要な役割があります。過剰な血液中の栄養処理です。
胃腸から吸収された栄養は血液、リンパ管により細胞に運ばれますが栄養過多では余分な栄養素が血液中に残ります。これを処理するのがマクロファージです。しかしマクロファージが栄養処理に専念すると細菌、ウィルス、ガン等に対する防御機能は低下、感染症、ガンのリスクは増大します。すなわち栄養過剰状態ではマクロファージは防御細胞としての機能を失い、特に酸化LDL-コレステロールを貪食すると泡沫細胞となり血管壁に沈着、アテローム性動脈硬化の主役となります。
それ故、マクロファージの防御機能を維持することは健康寿命に重要です。マクロファージの活性が高いと免疫力は高まり風邪もひかない丈夫な体になると言われています。風邪を引いた時は誰でも食欲がなくなりますがマクロファージを免疫に専念させる合目的反応とも考えられます。自然界の動物も体調が悪いときは何も食べずに寝ているだけです。戦後しばらくして旧日本兵がジャングルで見つかった時、健康状態が専門家の予想より良好だったのは飢餓状態、小食でマクロファージが元気だったのが理由の一つかもしれません。冒頭の点滴500mlで長く生きていた超高齢の患者さんも低栄養でマクロファージの活性が亢進、基礎代謝の低下と相俟って免疫と栄養のバランスがとれていたとも考えられます。
マクロファージを元気にするには有酸素運動、笑いのある生活、ストレスを溜め込まないこと、体を冷やさないこと等が重要です。また喫煙、過度の飲酒は活性を低下させます。食事では腹七分目以外、質にも注意が必要です。リポポリサッカライド(LPS)、ビタミンDはマクロファージを活性化すると言われています。リポポリサッカライドは免疫ビタミンとも言われ玄米、メカブ・コンブ・海苔等の海藻類、シイタケ、ヒラタケ等のきのこ類、ゴマ、クルミ・クルミの種子類、玄米、ホウレンソウ・レンコンの根菜類に含まれています。ビタミンDは乾燥きくらげ、にしん、サンマ、しらす干し、紅鮭等に含まれています。
ビタミンDは日光浴でも体内でコレステロールから合成されます。今日のような薬物療法がない時代、多くの結核患者さんは空気がきれいで日当たりの良いサナトリウムに入所していました。結核菌が肺内に到達した場合、組織マクロファージである肺胞マクロファージが結核菌を貪食、ヘルパーT細胞やナチュラルキラー細胞(NK細胞)で産生されるINF-γがマクロファージを活性化、活性化マクロファージは結核菌を排除します。排除できなかった場合、結核感染が成立します。日光浴はビタミンDを介してマクロファージの活性を上げるので結核患者さんの長期療養にはサナトリウムは最適の場所だったと思います。
脳の組織マクロファージはグリア細胞です。グリア細胞はアミロイドβ蛋白を貪食します。その為、グリア細胞の機能が低下すると脳にアミロイドβ蛋白が沈着すると考えられます。アルツハイマー型認知症の原因の一つに脳へのアミロイドβ蛋白の沈着が考えられています。以上よりグリア細胞、すなわちマクロファージの活性を維持することは認知症予防にも重要とも考えられます。認知症予防に特効薬はないと言われています。しかし冒頭の最後まで認知症がなかった超高齢の患者さんが小食でビタミンD3を服用していたことは偶然とは言え私には興味深いものがあります。
免疫力は20才代をピークに低下傾向を示します。40才からは更に低下するので感染症、ガン等のリスクは増大します。その為、40才からは腹七分目を心掛けることが健康寿命維持には重要と思います。しかし蛋白質を制限すると免疫力自体が低下、老化も進行するので(反対の意見もありますが)、炭水化物・糖質制限でカロリ-を減らすのが良いと私は考えています。また夜間の食事を取らない時間はマクロファージの活性が上昇、体内を修復しているので40才を過ぎたら夜食にも注意が必要と思います。