肺炎は日本人の死因の第3位であり、亡くなる方の95-98%は65才以上の高齢者です。高齢者が肺炎で入院すると足腰の筋力低下、嚥下障害、物忘れ、幻覚などの症状が出現、寝たきりのリスクは増大します。すなわち健康寿命の維持には肺炎予防も重要なのです。
肺炎は市中肺炎、院内肺炎に分類され両者で起因菌は異なります。日常生活の中で発症するのが市中肺炎で原因として最も頻度が高いのが肺炎球菌です。その割合は高齢者になるほど増加します。では肺炎球菌とはどんな菌なのでしょうか?肺炎球菌は連鎖球菌に属するグラム陽性球菌で、菌表層を病原性のある莢膜多糖体に囲まれています。肺炎球菌は莢膜多糖体によりマクロファージの貪食から逃れて人の体内で増殖、病原性を発揮します。肺炎球菌は小児では鼻腔、気道分泌物、唾液に常在菌として見られ免疫力低下、粘膜バリアの損傷により髄膜炎、敗血症などの侵襲性感染症を引き起こします。これに反して成人の肺炎球菌保菌率は約10%と低く接触、咳・くしゃみによる飛沫で感染します。小児と触れ合う機会の多い高齢者に肺炎球菌による肺炎が多い理由です。
肺炎球菌による肺炎を予防するワクチンが肺炎球菌ワクチンです。肺炎球菌の型は93種類あります。その中でも感染、発症に関係する23種の肺炎球菌莢膜多糖体の血清型抗原に対応したのが高齢者用の23価ワクチン、別名ニューモバックスNPです。これに対して13種の血清型抗原に対応したのが13価ワクチン、別名プレベナー13です。13価ワクチンはカバーする肺炎球菌は少ないものの肺炎球菌に対する免疫誘導の観点から23価ワクチンとは異なる機序を有しています。13価ワクチンは2013年11月から従来の7価ワクチンに代わり小児の定期接種に組み込まれましたが、2014年6月からは高齢者にも適応が拡大されています。
23価ワクチンは23種類の肺炎球菌莢膜多糖体がT細胞非依存性にB細胞を活性化、B細胞の一部が形質細胞に成熟、特異的IgG抗体産生を介してマクロファージの肺炎球菌貪食を促し免疫応答を確立します。これに対して13価ワクチンは莢膜多糖体とキャリア蛋白の結合が特徴であり結合型ワクチンとも呼ばれています。すなわち13価ワクチンは13種類の肺炎球菌の莢膜多糖体がキャリア蛋白と結合、T細胞依存型抗原としてB細胞を活性化する以外、免疫細胞である樹状細胞を活性化、樹状細胞は抗原提示によりT細胞を分化、増殖させます。活性化したT細胞はB細胞をメモリーB細胞に成熟させ免疫記憶を確立します。
以上より肺炎球菌感染による肺炎発症を予防するには始めに13価肺炎球菌ワクチンを接種して高い免疫応答、免疫記憶を確立してから23価肺炎球菌ワクチンを接種するのが良いと考えられています。23価ワクチンのみではカバーする肺炎球菌は多いのですがT細胞を介さない免疫応答なので高度な免疫応答、免疫記憶が得られず5年後の再接種が必要になるからです。
具体的にはまず13価ワクチンを接種、6-12ケ月後に23価ワクチンを接種する連続接種が推奨されています。既に23価ワクチンを接種済みの方は23価ワクチンから1年以上おいて13価ワクチンを接種、更に13価ワクチン接種後1年以上且かつ1回目の23価ワクチンから5年以上あけて23価ワクチンを接種すると同じ効果が得られます。なお13価ワクチンは23価ワクチンとは異なり接種は生涯1回のみです。
では肺炎球菌ワクチン接種はどのような人に勧めたら良いのでしょうか?基本的には肺炎球菌感染、発症のリスクが高い免疫力が低下した方で慢性心不全、COPD、気管支喘息、嚥下障害、糖尿病、免疫抑制剤・ステロイド使用中、ガン、脾臓摘出術後などの方です。23価ワクチンは生涯1回のみ公費補助がありますが13価ワクチンにはありません。10,000―13,000円前後の自己負担が必要です。
以上、肺炎球菌ワクチンについて記載しましたが肺炎予防には肺炎球菌ワクチン接種のみでは不十分です。実際、13価ワクチンは肺炎を起こしやすい肺炎球菌の6-8割、23価ワクチンも約7-8割しかカバーせず、最近ではワクチンがカバーしない肺炎球菌が増加傾向にあります。また13価ワクチン、23価ワクチンの連続接種の評価も米国のデータであり国内ではまだ確立されていないのが実情です。更に肺炎球菌ワクチンは肺炎球菌による肺炎にのみ有効で他の細菌、ウィルス、微生物による肺炎には無効です。肺炎を予防するにはワクチン以外、常日頃から食事、運動、睡眠、保温などで免疫力を高め、うがい、手洗い、口腔ケアなどで感染を予防することが重要なのです。