インクレチン

最近の糖尿病治療の進歩は目覚ましいものがあります。その理由として糖尿病の病態解明による治療薬剤の進歩が挙げられます。新薬の中でも治療を大きく進歩させたのは2009年のインクレチン関連製剤の登場だと思います。今回はインクレチンについて記載してみます。

 

食事摂取により消化管から分泌され、インスリン分泌を促進する消化管ホルモンをインクレチンと呼びます。インクレチンは血糖が高い時のみ膵β受容体のインクレチン受容体に働きインスリン分泌を促進、また膵α細胞からの血糖上昇作用があるグルカゴン分泌を抑制、血糖を低下させます。インクレチンにはGIP(gastric inhibitory polypeptide)とGLP-1(glucagon-like peputide-1)があります。GIPは上部小腸を中心とするK細胞から分泌され、GLP-1は下部小腸を中心に存在するL細胞から分泌されます。糖分を経口摂取した場合、インスリン分泌の約50%にインクレチンが関与するとされています。インクレチンには血糖低下作用以外、食欲低下作用もあります。すなわちGIPは胃の蠕動運動低下から胃排出遅延により満腹感を持続させます。またGLP-1は胃壁運動低下以外、視床下部の食欲中枢に働き食欲を低下させます。すなわちGIP、GLP-1は血糖低下作用以外、食欲を抑制、減量効果があります。

肥満は糖尿病発症の大きなリスクです。米国では糖尿病における高度肥満者の割合が多く年間20万件の減量手術が行われています。この減量手術の糖尿病改善効果には減量によるインスリン抵抗性の改善以外、インクレチンも関与しています。減量手術の術式は腹腔鏡で胃容量を小さくする胃形成術と小腸バイパス術があります。小腸バイパス術では胃から下部小腸にバイパスするので術後、上部小腸から分泌されるGIPは低下、逆に未消化の食物、胆汁 膵液が下部小腸に流入するのでGLP-1分泌は著明に増加します。すなわち小腸バイパス術によりGIPが低下、GLP-1が増加するので減量効果以外、インクレチンを介した糖尿病改善効果がバイパス術では顕著です。なお胃形成術も胃排出遅延、更には胃から分泌される食欲増進ホルモン(グレリン)の低下により体重減少から糖尿病を改善します。日本では2014年から胃形成術が保険収載されています。

食事により分泌されたインクレチンはDPP-4 (dipeptidyl peptidase-4)と呼ばれる蛋白分解酵素により数分―5分で分解されます。このDPP-4を阻害、インクレチン濃度を上昇させ食後血糖を低下させるのがDPP-4阻害薬です。インクレチンは血糖が高い時のみ作用するのでDPP-4阻害薬は単独使用では低血糖を起こしにくい薬剤です。

臨床ではインクレチン関連製剤としてGLP-1を増やす薬剤が使われています。この理由としてGIPにはインスリン分泌促進作用以外に脂肪蓄積作用があるからです。内臓脂肪が蓄積すると脂肪細胞から放出されるアディポカインがインスリンの働きを阻害、インスリン抵抗性の原因となります。GLP-1を増やす薬剤としてDPP-4阻害薬が広く使われていますがGIPも増やします。この点、DPP-4に分解されにくいGLP-1アナログ製剤であるGLP-1受容体作動薬はGIPが関与しないので脂肪蓄積のリスクがありません。注射薬、経口剤が使用されています。DPP-4阻害薬に比較して外部からGLP-1アナログを直接投与するのでGLP-1濃度上昇が大きく血糖低下にはより有効ですが、消化器症状などの出現に注意が必要です。

日本人の糖尿病はインスリン分泌低下による食後の高血糖が始まりとされます。食後高血糖の早期改善は糖尿病の進行予防に重要です。その為にはカロリー制限、朝、昼、夕食を抜かない、間食しない、夜の絶食時間の確保、炭水化物・糖分の制限、有酸素運動が基本ですが食後のGLP―1分泌を増やすことも重要です。これにはイワシ、サバなどのEPAを多く含む青魚を食べる、野菜、キノコ、海藻などの食物繊維、乳製品を摂取する、よく噛んで食べるなどが有効です。また副食としては肉類より青魚の方がGLP-1分泌を増加させます。更には野菜→副食(魚、肉類)→炭水化物(米飯)の順に食事を摂ると食後のGLP-1濃度は上昇するとの報告もあります。

(令和4年5月24日)